脊髄腫瘍と脊髄空洞症について
大久保寿樹
1) 脊髄腫瘍とは
脊髄腫瘍とは、その名の通り、脊髄およびその周辺組織に発生した腫瘍のことをいいます。脊髄は首から背中、腰までに至る神経の大元の幹となる重要なものであり、脳からの指令を手や足に伝え筋肉などを動かす運動機能や、手足からの痛み(痛覚)、触っている(触覚)、熱い冷たい(温痛覚)などの感覚機能の両方に作用しています。そのため、脳と同様に脊髄は中枢神経という位置付けになっています。脳腫瘍と聞くと馴染みがあるかもしれませんが、中枢神経に発生する腫瘍で特に脊髄に発生したものを‘脊髄腫瘍’と呼びます。
頻度としては全ての腫瘍(悪性腫瘍を含む)の中でも極めて少なく、10万人に1-2人といわれております。
脊髄腫瘍は発生する場所により下記の3つに分けられます。
- 硬膜外腫瘍;脊髄を包む膜である硬膜の外側(脊椎を含める)に発生し外から脊髄を圧迫するもの
- 硬膜内髄外腫瘍;硬膜の内側で、脊髄と硬膜の間に腫瘍ができて脊髄を圧迫するもの
- 髄内腫瘍;脊髄の中から発生するもの
上記1および2は脊髄が腫瘍によって圧迫されることにより症状が出現します。
逆に3は、脊髄そのものが傷害され、多彩な症状が出現します。
硬膜外腫瘍は脊髄腫瘍全体の約15%を占めます。最も頻度が高いものは転移性腫瘍(悪性)です。これは体の他の部分にできた癌細胞が脊椎などに転移したもので、脊椎を壊しながら大きくなり、やがて脊髄を圧迫します。肺癌からの転移が最も多く、他には乳癌、前立腺癌、大腸癌、腎癌などが脊椎へ転移しやすいものとして知られています。
硬膜内髄外腫瘍は脊髄腫瘍全体の約70%を占めます。頻度が高いものとしては、神経鞘腫や髄膜腫が挙げられます。神経鞘腫は、脊髄から枝分かれした細い神経である神経根から発生します。一方、髄膜腫は硬膜から発生します。いずれも通常は良性でゆっくりと発育し、脊髄との境界は比較的はっきりしています。
髄内腫瘍は、脊髄腫瘍全体の5~15%と発生頻度は低く、その大部分(70~85%)は上衣腫と星細胞腫です。これらの腫瘍は脳の中にも発生しますが、脳内に発生する場合と比較して、脊髄では上衣腫の割合が高いという特徴があります。これらに次いで、血管芽細胞腫(約3~8%)、悪性リンパ腫、転移性腫瘍、海綿状血管腫などがあります。髄内腫瘍は脊髄の中から発生し周囲の脊髄組織に浸潤していくため、腫瘍と脊髄の境界が不明瞭なことが多いです。多くは良性ですが、まれに悪性の場合もあり、その場合は抗癌剤による化学療法や放射線治療が必要となることもあります。
2) 脊髄空洞症とは
脊髄空洞症とは、脊髄の中に脳脊髄液と呼ばれる液体が溜まった空洞ができることにより、脊髄の機能が障害されて起きる疾患です。脊髄空洞症は大まかには下記に分類されます。
- キアリ奇形に伴う脊髄空洞症
- 癒着性くも膜炎に伴う脊髄空洞症
- 脊髄腫瘍に伴う脊髄空洞症
- 脊髄出血後の脊髄空洞症
脊髄の中になぜ脳脊髄液が溜まり空洞ができてしまうのか未だはっきりとは判明しておりませんが、何らかの原因で脳と脊髄を循環している脳脊髄液の流れが滞ることで空洞ができると考えられています。この部分に空洞ができると感覚障害や運動麻痺が現れてきます。発症年齢は30歳代が最も多いです。とりわけ、上記3.の脊髄腫瘍に伴う脊髄空洞症として代表的なものに、上衣腫や血管芽細胞腫が挙げられます。特に上衣腫では、約70%に腫瘍の上下(頭尾側方向)に嚢腫や空洞を伴います。
3) 脊髄腫瘍、脊髄空洞症の症状は?
脊髄腫瘍はその大部分が良性腫瘍であり、数ヶ月から数年の経過で症状が進行します。一方、悪性の場合は症状が急速に進行することが多いです。脊髄は頭に近い方から連続して頚髄、胸髄、腰髄となっており、どの高位に腫瘍が発生したかにもよりますが、一般的に初めは手足の感覚が障害され、痛みや痺れが出現します。腫瘍が増大して脊髄の圧迫がひどくなるにつれて、手足の動かしづらさや筋力の低下(麻痺)が出現し、更に進行すると尿や便が出にくくなったり、意図しなくとも漏らしてしまうこともあります。
脊髄空洞症の場合、片手の痛みや痺れの出現、温度に対する感覚が鈍くなり、その後、徐々に両手の力が入らなくなる場合が多いです。症状の進行は脊髄腫瘍と同様に緩徐ですが、治療せずそのまま放置した場合、約50%の人が20年以内に下肢にも麻痺が及び、車椅子が必要になると考えられています。
4) 脊髄腫瘍、脊髄空洞症の診断
脊髄腫瘍や脊髄空洞症は非常に珍しい疾患であるが故、実際の症状や問診だけでは診断することは困難です。そのためMRIによる画像診断が必須となります。このMRI検査でほとんどの脊髄腫瘍や脊髄空洞症は診断することが可能です。ただし腫瘍の形態をより正確に判断するためMRI検査の際に造影剤を使います。もちろんCTスキャンや脊椎のレントゲン撮影も行います。腫瘍に血管が豊富に含まれている場合、あるいは腫瘍か血管由来の病気か診断が難しい場合には、造影剤を用いた血管撮影が行われます。
5) 脊髄腫瘍、脊髄空洞症の治療は?
脊髄腫瘍の治療は外科的に腫瘍を摘出することが原則です。近年手術用の顕微鏡を用いた手術手技の向上により、手術成績は飛躍的に向上しました。
硬膜内髄外腫瘍は、圧迫により弱っている脊髄を傷つけないように慎重かつ愛護的に腫瘍と脊髄との境界を分けて摘出します。腫瘍が全摘出されれば再発は稀です。ただし髄膜腫は発生した硬膜を残してしまうと再発する可能性が高いため、可能な範囲で発生硬膜も合併切除します。その場合、人工硬膜による硬膜再建術が必要となります(図1)。
髄内腫瘍では、上衣腫は比較的腫瘍と正常脊髄との境界がはっきりしていることが多く、全摘出できる場合が多いのですが、星細胞腫は境界が不明瞭な場合が多く、その場合腫瘍の全てを摘出することは困難であり、その予後はほかの腫瘍と大きく異なります。手術中の所見で境界がはっきりしない場合は、ある程度腫瘍の容積を減らすか、あるいは腫瘍の一部を採取する生検術に終わる場合もあります。残った腫瘍に対しては、放射線照射や抗癌剤による化学療法を行うことがあります。脊髄腫瘍の多くは、放射線治療では完治が難しく、また脊髄の放射線障害の危険性があるため放射線治療は行われておりません。しかし、腫瘍が悪性であった場合、脳内の悪性腫瘍と同様に放射線治療が必要と考えられていますが、未だ短期で生命を奪われるのが実情です。
6)村山医療センターでの取り組み
脊髄腫瘍や脊髄空洞症の手術は脳神経外科、整形外科で行われますが、当院では整形外科医が行います。これらの手術は、単に腫瘍だけ摘出すれば良い、空洞さえなくなれば良いということはなく、術後の運動・感覚機能の改善も大切です。例えば手術の際に不用意に広範囲の骨切除を行うと、高率に術後脊柱変形(背骨が曲がる、傾くなど)を来すことから、厳重な注意が必要となります。可能であれば後方支持組織(靭帯や筋肉など)を温存するために、椎弓形成術や片側椎弓切除術などを選択しています。近年では、脊椎後方に存在する棘突起に筋肉を付着させたまま縦割し展開するという、患者さんの体に負担がかからない工夫も行っています。
最後に、当院における脊髄腫瘍、脊髄空洞症の手術件数は、2018 ~2020年の3年間で35例(年間 10数件)でした。元々脊髄腫瘍や脊髄空洞症は極めて頻度が少ないため、年間の手術件数も必然的に少なくなります。しかし手術に当たっては、術前の画像診断に基づいた的確な術前プランニング、顕微鏡視下での慎重かつ繊細な手術手技、術中脊髄モニタリングなどが要求され、さらに数多くの治療実績に基づいた治療体系の確立が必要です。当院では脊髄腫瘍治療チーム(藤吉医師、小林(喜)医師、大久保の3名)が診療を行い、術前の綿密なカンファレンス、手術術式の検討、手術手技、術後のリハビリテーション計画などを十分検討し、患者様に最適な治療をお届けできるよう最善を尽くしております。また、術後の神経合併症の出現や腫瘍残存の可能性などについて術前に十分説明させていただいております。患者様とご家族樣にその内容について十分御理解していただき、御同意を得ること(インフォームド・コンセント)が特に重要であると考えております。
脊髄腫瘍治療チーム
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