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A型ボツリヌス毒素を用いた痙縮治療について


痙縮(けいしゅく)

我々のからだは自分でも気がつかないくらいに自然と力が入っています。医学的には筋緊張がある、と表現されます。これは、姿勢を保持するために必要な機能であると解釈されています。筋緊張はごく細かいレベルでの筋繊維のランダムな収縮で成り立っているため、それ自体でいわゆる筋疲労が起こることはありません。また、ある関節の曲げる筋肉と伸ばす筋肉では(例えば肘では上腕二頭筋と上腕三頭筋がそれにあたります)ではお互いの力に応じた緊張が生じているため、関節運動が生じることはありません。

この緊張を一番実感しやすい状態として、膝蓋腱反射が挙げられます。膝蓋腱反射は、お医者さんが膝の下あたりをコンコン叩いている様子をご覧になったことがあると思いますが、そこでみられる現象です(右図参照)。膝蓋腱とは膝を伸ばす筋肉である大腿四頭筋が骨に付着する部分です。そこを叩くと、筋肉が伸ばされたと感じてそれに抵抗するように収縮しようとします。そのため動きとしては、曲がった膝がぴょんと伸びるようになります。叩くだけの刺激なので、以降は筋肉が伸ばされることがないため、すぐに膝は力が抜けたように元の曲がった状態に戻ります。筋肉が末梢神経(脳や脊髄の外にある神経と考えて構いません)と切り離されるとこのような現象は起きません。そうなると筋肉は全く緊張がなくなり、完全に弛緩してしまいます。一方で、脳や脊髄といった中枢神経と切り離されてしまうと筋緊張は高まり(亢進と言います)、この反射が強く現れます。この筋緊張が高まった状態が痙縮と呼ばれる状態です。

症状

痙縮が起こると、すでに述べたように筋肉の小さな収縮が強くなるわけですから、それが動きとしてみられるようになります。動物のからだは体重を支えるようにできています。そのため、上肢では物を掴んでぶら下がるための曲げる力が、下肢では体重を支える伸ばす力が強い傾向があります。筋緊張が亢進するとこの状態が強調されるようになり、脳卒中などでは右図のような姿勢をとることが多くなります。そのため、ずっと握り拳を握った状態が持続すると、指が伸びなくなったり、手のひらに爪が食い込んで傷ができたり、手のひらを洗うことがなかなかできないので不潔になり、手に水虫ができたりすることもあります。もちろん動きの制限も起きてしまうため、歩きづらかったりものを持つことが難しかったりします。いっぽう、脊髄損傷では多くの場合は下肢や体幹筋に力が入って、車椅子に座っている際に前のものを蹴飛ばしてしまったり、のけぞったりすることで後方に転倒することがあります。また、腹筋に力が入り体が前の方に倒れたりすることもあります。
いずれの症状も筋肉の強い収縮を伴うわけですから痛みを伴ったり、それで眠ることができないなどの症状を呈することがあります。
痙縮はいわゆる回復期から出現することが多いため、円滑なリハビリテーション治療の妨げとなることがあります。

治療

痙縮の治療にはいくつかの方法があります。以下に簡単に紹介します。いずれもがそれ単独で治療を行うより、組み合わせることでより良い効果を発揮するものです。

  1. リハビリテーション:筋肉への持続的な伸長は痙縮を抑制する効果があります。非常に簡便であるため、あらゆる時期の痙縮に対してもまず行われるべき治療です。持続効果がそれほど期待できないため、他の治療と組み合わせた方が効果的です。
  2. 薬物療法:抗痙縮薬を呼ばれる薬を用います。一般的に最初に検討されます。薬物療法の最大の利点は簡便であることです。ただ、全身的に効果を発現するため、眠気やだるさ、飲み込みにくさなど、思いがけない副作用が出現することがあります。
  3. 物理療法:温熱や寒冷、電気刺激などを用いて痙縮を弱める治療です。早期の治療効果が期待できますが、一方でその持続時間は短くなります。
  4. 装具療法:主に下肢の痙縮に対して用いられます。足底の特定の部分に体重がかかることで痙縮が誘発されることがあるという観察から、当該部分を免荷(体重がかからないようにすること)することで痙縮を抑えようというものです。また、筋肉を持続的に伸長させたり歩行時の麻痺肢を安定させることで、余計な緊張が入らないようにする目的もあります。装具単独での治療では効果に限界があり、その他の治療と組み合わせることが多いです。
  5. ボツリヌス療法:ボツリヌス菌が産生するいくつかある毒素のうちA型ボツリヌス毒素を用いる治療です。本邦ではボトックスとゼオマインが認可されています。どちらも生理食塩水に溶解して、痙縮を起こしている筋肉内に注入します。注入されたボツリヌス毒素は神経と筋肉が繋がっている部分に作用し、その筋肉を麻痺させる効果があります。菌そのものを用いるわけではないため増殖することはなく、注入された筋肉以外に作用することはありません。ただし、注入された筋肉が緩むことで痛みが緩和されたりするなどの影響により、全身的な作用を経験する方もいらっしゃいます。
    注入する量は痙縮の状態や痙縮を呈している筋肉の数により異なってきます。しかし、一回に使用できる総量の上限が決まっているため、どの程度の量をどの筋肉に注入するかについては主治医と十分な相談が必要になります。なお、注入の際には、目的の筋肉に正確に薬剤が注入される必要があります。当院では、ほとんどの場合、電気刺激を同時に行うことができる注射針を用いて、目的とする筋肉の動きを確認しながら慎重に注入をしています。そのため電気刺激に付随する痛みなどの不快感を感じることがあるかもしれません。ただし、皮膚表面の痛みは最低限となるように局所麻酔薬を用いています。小児など局所麻酔薬の注入も困難な場合は、局所麻酔薬を染み込ませた貼付剤を用いることもあります。
    薬剤の添付文書にも記載してありますが、リハビリテーションに代わるものではなく、あくまでそれを補完するものであるため、注射をするだけでは十分な効果を得ることはできません。
    注射をしてもその日に効果が見られることはほぼありません。これは毒素が神経と筋肉がつながった部分に取り込まれ、そこからさらに効果を発現するまでの時間が必要となるからです。概ね1週間くらいして効果を実感する方が多い印象です。また、持続時間は一般的に3〜6ヶ月程度と言われておりますが、痙縮の状態により異なります。治療の間隔は3ヶ月以上開ける必要があるため、事前の十分な治療計画が必要となります。
  6. ITB療法:経口薬としても用いられるバクロフェンを、脊髄腔内に持続的に直接注入する方法です。多くの治療法で効果を得ることができなかった時に考慮されます。注入するためのポンプやカテーテルと言われる管を体内に留置する手術が必要となります。
  7. その他手術療法:選択的後根遮断術や末梢神経縮小術、整形外科的手術などがありますが、主に小児に対するものであり、ここではその名前を紹介するに留めておきます。

以上、痙縮と特にその代表的治療法であるA型ボツリヌス療法についてご紹介しました。もし痙縮についてお困りの方は、リハビリテーション科までご相談ください。なお、痙縮治療に関しては、脳卒中や脊髄損傷に限らず、頭部外傷、脳炎、脳性麻痺などあらゆる疾患に対して対応することができますので、お気軽にご相談ください。


痙縮外来


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