独立行政法人 国立病院機構 村山医療センター

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「実は私、新型コロナウイルスに感染していた!?」〜血液中のN抗体を測定して本当の感染率を調べました〜


村山医療センター 副院長 吉原愛雄
臨床研究部 我妻亜由美 小林喜臣
看護部 佐々木恭兵 前田奈穂美
院長 谷戸祥之
国立感染症研究所 次世代生物学的製剤研究センター
水上拓郎 野島清子 関洋平 濵口功

春の訪れとともに新型コロナウイルス感染は落ち着きを見せています。しかし、昨年来の第7波と第8波では感染者数は急激に増加し、累積で3300万人以上が罹患したと報告されています。既に人口の26.5%、即ち4人に1人が新型コロナに罹患したことになります。
しかし、感染していても症状が現れず医療機関を受診しない人(不顕性感染)などがいるため、本当の感染率はもっと高率であると推測されますが、その値は明らかではありません。今回、当院の職員に対して、新型コロナウイルスの感染歴を示す血液中のN抗体を測定し、N抗体保有率(N抗体を持っている人の割合)から本当の感染率を推定しました。

<N抗体って何?>

新型コロナウイルス感染では、S抗体、N抗体と呼ばれる 2 種類の抗体が出現します。
S抗体は、新型コロナウイルス感染のみならず、ワクチン接種でも産生される抗体で、ウイルス表面にあるスパイクタンパクに対する抗体です (図 1)。新型コロナに対するワクチンはこのS抗体の産生を促すため、血液中のS抗体濃度はワクチンの反応を示すよい指標 になると考えられています。(当院ホームページ「コロナワクチン副反応調査レポート」参照)

図1

N抗体は、新型コロナウイルスに感染した場合に産生される抗体で、ウイルスの遺伝子を包んでいるヌクレオカプシドに対する抗体です。N抗体はワクチンでは産生されず、新型コロナウイルスに感染した人のみが陽性になります。つまり、血液中のN抗体の有無を検査すれば、その人が新型コロナウイルスに感染したかどうかが分かります。N抗体の保有率こそが、新型コロナウイルスの本当の感染率を示すと考えられます。

図2

方法:
今回、定期健康診断時に、医師、看護師、臨床検査技師、計77人(女性37人、男性40人、平均年齢41歳)に対して血液中のN抗体の測定を行いました。

結果:
表1. N抗体保有率と感染管理担当者が把握している新型コロナ感染率

表1

表1の赤枠で示したとおり、全体では、当院職員77人のうちN抗体の陽性者数は39人で、N抗体保有率は51%と算出されました。即ち、当院職員の本当の新型コロナウイルスの感染率は50%を越えていると推定されます。医師、病棟勤務の看護師に感染率が高い傾向が見られました。

一方、右の黄枠で示した所は、当院の感染管理担当者が把握していた77人中の感染者数、感染率を示したものです。感染管理担当者が把握していた感染者数は全体では29人、感染率は38%であり、先に述べたN抗体保有率(本当の感染率)との間には10%以上の差が認められました。即ち、本当の新型コロナウイルスの感染率は、把握されていた感染率の1.3倍に昇ることが明らかになりました。

考察:
新型コロナウイルスの感染者数は、パンデミック初期から、不顕性感染の存在や検査可能数の限界により実際の数が把握されていないという指摘がありました。クルーズ船ダイヤモンドプリンセス号の調査では、PCR陽性者の中で無症状であった率は51.7%と報告され1)、McKenzieら2)は死亡数と年齢別の感染症致死率から日本の感染者数は報告されている数の1.77倍であったと推定しています。
一方、厚生労働省と国立感染症研究所は、令和4年11月中旬、新型コロナウイルス感染の第7波が収まってきた頃、献血者のN抗体保有率を調査しました。新型コロナに感染の疑いのある方などは献血できないため若干のバイアスは加わっていますが、N抗体の保有率は、全国で26.5%(東京都 31.8%, 沖縄県 46.6%)と報告しています3,4)。当時、厚生労働省から報告されていた新型コロナウイルスの累積感染率(全国)は18.6%であったため、献血によるN抗体の保有率(本当の感染率)は、報告されている感染率の1.42倍に当たることが示唆されます。
本調査の結果、当院の感染管理担当者が把握していた職員の感染率は一般に報告されている感染率よりも高く、さらに実際の新型コロナの感染率はその1.3倍であることが分かりました。医療機関では一般に比較して感染のリスクが高まっていたこと、また医療従事者の中にも一定の割合で無症状の感染者がいたことが明らかになりました。今日、マスクの使用は個人の判断に委ねられることとなり、新型コロナウイルスの法律上の分類も「5類」に移行することになりました。実際の感染率はさらに把握しにくいものになりそうですが、今後も、感染しても症状が現れない無症候性の感染者がいることを念頭に対応していくことが重要と考えます。

文献:
1) Mizumoto K, et al: Estimating the asymptomatic proportion of coronavirus disease 20019(COVID-19) cases on board the Diamond Princess cruise ship, Yokohama, Japan, 2020. Euro Surveill, 2020;25(10)
2) McKenzie L et al; Inferring the true number of SARS-CoV-2 infections in Japan. J Infect Chemotherapy 28:1519-22, 2022.
3) 厚生労働省, 国立感染症研究所:2022年11月における献血検体を用いた既感染割合に関する分析. https://www.niid.go.jp/niid/ja/2019-ncov/2484-idsc/11729-covid19-82.html
4) 厚生労働省:献血時の検査用検体の残余血液を用いた新型コロナウイルスの抗体保有率実態調査. 第108回(令和4年11月30日)新型コロナウイルス感染症対策アドバイザリーボード. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001018624.pdf


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